





写真 テキスト:片岡利恵
デザイン :片岡利恵
発行日 :2023年9月19日
サイズ :B5 縦
ページ数 :70ページ *サイン入り
2023年9月Jam Photo Galleryで開催された写真展と同時に発刊。
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ばあちゃんは視力がほとんどなかった。
それでも近所ならひとりで出かけていたし、自分のことはなんでもできた。
そんなばあちゃんが「ちょっと付いてきてくれへんか」という場所がひとつだけあった。
墓だ。
廃材のような細い木を渡しただけの橋を通らなければ辿り着かない。
周りは竹藪で光はほとんど入らない。
橋を渡る時に手を繋いで欲しいとばあちゃんは言った。
橋を渡り終われば、手を離して墓を這いつくばって掃除する。
桜の木の下にあった墓。
私が、ヒラヒラ花びらが落ちてきて綺麗だと言ったら
気持ち悪いだか忌々しいだか言われた記憶がある。
桜は縁起の良いヤツじゃないんだと思った。
帰りはまた、橋の所で手を繋ぐ。来た時よりも強く。
私が担当した患者に、何を聞いても肩透かしの女性がいた。
近寄り難いわけではないが、うまくやりすごされているようで距離感がうまく掴めなかった。
不意に起こる激しい痛みには薬を希望するが、付き添いはいらないと言う。
薬を飲んで一人で耐える。
だけれども、突然「ハグっ」と抱きついてくることがあった。
そして、ぷはーと深呼吸をして離れていく。
どうしたん?と聞いても「これでいいねん」と言うだけ
もこもこの分厚い上着から伝わる細い身体。
近寄ったと思ったら離れていく。
橋を渡るとき手を繋いでと言ったばあちゃんを思い出す。
その女性は、何でも自分で決める。
何をするにも自分でタイミングを図る。私を必要とするときも。
最期は十分に家族との時間を過ごされ、ご自宅でご主人や子供たちを抱きしめながら旅立たれた。
その女性は栄養を点滴で確保する必要があった。
けれども彼女は、少しでも口から食べることを選び、点滴は最期まで頑なに拒み続けた。
もしも、彼女が点滴で栄養を確保する事を選んでいたら、栄養価の高い点滴を入れられる中心静脈カテーテルを血管内に挿入していたのだろう。
中心静脈カテーテルの中にはディスタールというトンネルがある。
他にもあるトンネルの中で最も太く、患者の心臓に一番近いところに向かって点滴を通す道だ。
必要な薬剤を必要なタイミングで投与することができる。
そういえば、ばあちゃんが私の手を必要としたのはあの橋を渡るときだけやったな。
*作品ステートメントより
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片岡利恵 (かたおかりえ)
滋賀県出身。緩和ケア病棟に勤務歴のある看護師。迫り来る死を待つ患者に対し、生身の人間として向き合う看護の現場での様々な経験や生まれてくる強い感情を、花に投影することで理解、消化しながら独自の死生観を得ようと試みている。